苦手な英語を克服したい人は多い
英語を苦手とする中学生や高校生は多いと思います。
高校受験であれ、大学受験であれ受験科目として英語が必要になることは極めて多いと言えるのではないでしょうか。
大学入試であれば、大学入学共通テストから二次試験まで英語が必要になる大学もあります。
このようなことから、苦手な英語を克服したいと考える人も多いと思いますので、本日は私の経験をもとに、どのようにして私が苦手科目の英語を克服したのかについて話をしてみたいと思います。
私は中学時代に英語が嫌いな科目であったことから、当然ですが不得意な科目になりました。
模試を受けると30点台のことも珍しくはないので、点数が取れない科目でした。
40点台取れれば、今回は「まあまあ取れた、悪くはない!」というイメージでした。
そんな感じの中学時代なのですが、最終的には苦手な英語を克服して、国立大学に合格しました。
なぜ英語に苦手意識がある人が多いのかというと、外国語だからということでしょう。
日本語とは単語も違うし、文法も違うのだから、何を言っているのかわからないとなっても不思議ではありません。
それでは、私が英語を苦手だと感じた理由は何なのかというと、それは先生の英文和訳と私の英文和訳が違ったということです。
これは先生だけでなく、参考書とも違ったりするわけです。
中学生ぐらいだと、まだ理解力不足の面が大きかったのだと思います。
この理解力不足とは授業についてということだけではなく、大きかったのは和訳のニュアンス的な部分だと思います。
先生の和訳と私の和訳が違ったとしても、必ずしも不正解とは限りません。
意味が同じだとしても、人によって言い回しが異なることはあるのですが、それが中1だとそのことを説明されない限りわからず、先生の和訳と合っていないから不正解と感じてしまったりすることで、英語は難しいと感じていました。
つまり、中1のころの私は、先生の和訳や参考書の和訳に完全一致したときのみが正解だと思っていたので、その認識が英語を苦手にしてしまった理由なのだと思います。
私は好きな科目も得意科目も数学でした。
基本的に答えが1つに決まる科目が正解・不正解がわかりやすくて好きだったんだと思いますが、中学生のころの私は英語に関しても数学と同様の認識でいたのが間違いだったのかもしれません。
訳し方は人によって違う
さて、そのような私でしたが、ある日、英語を苦手だと思わなくなる出来事がありました。
まぁ~出来事というほどおおげさなものではないのかもしれませんが・・・
それは何かというと、英語を仕事としている専門家たちが「同じ英文を訳したとしても、同じ和訳にはならない」というのを聞いて一気に心が軽くなりました。
つまり、英語を仕事にしている通訳者や翻訳者が100人いたら、100通りの和訳があるということです。
そうなると、私の和訳と先生の和訳が違っても不思議ではないということです。
もちろん中1の英語は英文が簡単なので、先生の訳と大きな違いが出ることは少ないのですが、人によって訳し方が違うということを知っているかどうかは私にとって非常に大きなことでした。
心が軽くなって英語への苦手意識を克服した私は、逆に英語が好きな科目になっていきました。
先生や参考書と和訳が違っても、「そういう訳し方ね~」、「けど、自分の訳の意味も一緒でしょ!」と、まるで自分も翻訳者になったような気持ちです。
「それぐらいのことで苦手科目を克服できるの?」と思う人もいると思いますが、私にとっては非常に大切なことでした。
そもそも、どの科目であれ、勉強は「やる気」が大切ですよね。
「やる気」ということは、気持ちの問題なので、苦手科目への意識が改善されるだけで大きな効果があると思います。
英語を苦手だと思っている人の中には、英単語や英文法をルールどおりにきっちりしないといけないと思いすぎな面もあるのではないかと思います。
単語や文法を完全に無視してはいけませんが、あまりにもきっちりとしすぎることで、おかしな日本語ができあがることもあります。
例えば、「 I play baseball . 」を訳すと「私は野球をします」ですが、この「 I 」という単語が「私は」になるのかどうかは、翻訳者によっても違うわけですね。
もしかすると、「俺は」と訳すかもしれませんし、「ぼくは」と訳すかもしれません。
人によって違うわけです。
もし、この「 I play baseball . 」を幼稚園児が言っていたとしたら、どう訳すでしょうか。
現実社会で考えたときに、幼稚園児が「私は野球をします」とい表現を使うかな?となるわけです。
文法も同様ですが、このパターンの時は「こう訳す」と機械的に完全に当てはめていくと、なんだか変な訳になったりすることもあります。
嫌いで苦手な英語を克服し、好きな科目(得意な科目)にした私としては、英語はさら~っと訳しています。
しかしながら、さら~っと訳すのはダメだという人もいます。
まぁ~それもわかりますが、私としてはすべての文章を丁寧に訳すようなことは基本的にしません。
もちろん、大学受験の問題などで下線部分を訳しなさいというような正確さが求められる場合は、丁寧に訳しますが、それ以外では「さら~」っと、英語を英語のまま、前から順番に読んで頭に入れていく感じです。
言葉で言うのは難しいのですが、その時に気を付けていたのは、「さら~っと」、「ざっくり」、「スピード」、「概要をとらえる」、「完璧でなくていい」というイメージです。
これだけ見るとかなり適当な感じですね。
共通テストなど見てもらえばわかるのですが、英文量が多く、一文一文を完璧に訳していくと、時間はいくらあっても足りません。
まずは、すべての問題を解き終えることが大切です。
そもそも、100点満点が必要な大学などないと言っていいわけですから。
長文問題の日本語訳を見るとわかりますが、問題とは関係のない文章も結構ありますよ。
英単語と英文法の知識が必要
私が英語の文章を読む時の「読み方」のイメージとしては、日本語の本を読んでいる感じの読み方です。
一言一句完璧に読むのではなく、さら~っと読んだりすることはないでしょうか。
みなさんもあると思いますが、あの感じですね。
ですが、それをするためには、英単語と英文法の知識が必要になります。
私がさら~っと読んでいるというと、英単語と英文法は適当でいいという意味でとらえる人もいるかもしれませんが、そうではありません。
むしろ、英単語と英文法は完璧に近いぐらいを目指さないといけません。
日本人が日本語で書かれた文章をさら~っと読めるのは、単語も文法も普通のレベルのものは難なく理解できているからです。
さら~っと読んで理解できないのは国語の問題レベルでしょう。
普通の本やネットの文章であれば、さら~っと読めるわけですが、それは単語も文法もわかっているから。
英語も単語と文法をしっかりと学びさえすれば、長文を読んでいくのも難しいとは感じなくなるかもしれません。
さら~っと読んでいるつもりでも、単語と文法がしっかりと頭に入っていれば、長文読解の精度が量をこなすごとにどんどん上がっていくと思います。
実際に私がさら~っと読むことを意識し始めたのは高校3年生の途中からなので、センター試験(今でいう共通テスト)の点数には、大して反映されていないと思います。
むしろ英語の勉強をすべて終えた大学卒業後、つまり社会人になってからの方が英語をもっと好きになりましたし、読解のレベルも上がりました。
学校での勉強ではなく、もはや、一つの趣味として英語が好きになっています。
好きになると、英語のレベルが上がる。
英語のレベルが上がると、さらに好きなる。
大学卒業後、好循環をループしています。
そのようなことから、今も英語を勉強中です。
英語が苦手で克服したい人は、嫌いになった原因があると思いますので、まずはそれを見つけ出すところから始めてみるのがいいと思いますが、実は単純に英単語力と英文法力が足りていないだけなのではないかということも振り返ってみるといいのではないでしょうか。
英語は単語と文法ができれば、苦手になるというほどの科目ではないと個人的には思っています。
むしろ、好きで得意な科目になるかもしれませんよ。